恋愛の導き

恋愛でのネガティブ思考、マイナス思考は悪いことなのか

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

  • 彼氏・彼女からマイナス思考を指摘される
  • 普段から不安でしょうがない
  • 人見知りで人とあまり話せない
  • このままだと相手に嫌われてしまう気がする
  • 前向きな思考になりたい

このような希望や悩みを持っていませんか。

こういった悩みには、感情論で対処しようとしても、答えは得られません。

もし、悩みに対処しようと思うのなら、感情ではなく、事実に基づいて、答えを導き出すことです。

わたしたちが、どう考え、どう思っても、この地球はまわっている事実は変わりません。

それと同じで、物事には、わたしたち人間の思考を超えて、動いている原理原則、自然の法則に注目すれば、悩みは、悩みではなく、意味のある考えにさえなるのです。

今回のテーマは

恋愛でのネガティブ思考、マイナス思考は悪いことなのか

 

1、本当にマイナスなんてものは、この世界には、ほとんどない。

わたしたち人間は、物事をすぐに悪いものだと判断してしまいます。ですが、悪いと思っているものは、本当に悪いのでしょうか。

マイナスといわれているものは、マイナスとしてそこに存在しているプラスなのです。

例えば、宇宙は、絶対零度の世界です。

太陽のような恒星の熱が届かない限り、そこは息さえも、凍り付く寒い世界なのです。

ですが、それは絶対零度という”寒い”という事実が、この世界に存在しているというプラスなのです。

人間が温度に対してマイナスという言葉を使っているだけで、温度がマイナスというプラスが、この世界には、存在しているという事実なのですね。

ひとは、自分のみている世界が正しいと思い込む傾向があります。

ですが、1つの出来事や物は、一方方向だけからみても、正しくはありません。

物事は、多方向から見ることができるほど、正しくみえるようになるのですね。

 

この世界に、名前があり、存在しているものは、マイナスではなく、この世界にそれが存在しているというプラスなのです。

 

愛するひとが、死んでしまうと、大抵のひとは、悲しみます。

その悲しみは、マイナスだと思うかもしれませんが、悲しんでいる人がいるということは、そのひとはこの世界に存在していたという証拠なのです。

はじめから無いものが無くなったとしても、それは、はじめから無いのですから、悲しめないのです。

あなたが、どのような困難や苦しみを味わったとしても、味わえるということは、あなたは生きているという証拠なのです。

そこに存在しなければ、マイナスとも言われなければ、プラスとも言われないのです。

何か反応があるということは、あなたは存在しているのです。

 

ですから、マイナスだと言われているだけで、それらのほとんどは、この世界に存在しているというプラスの現象なのですね。

2、本当にプラスだけで、この世界はまわるのか

夏に、温度をあげる火や暖房をガンガンかけるひとはいません。

夏には、温度を下げるものが好まれます。

温度をあげるプラスであればいいというものではありません。

暑い時期には、温度を下げるものが役立つのです。

 

車は、アクセルだけで本当に安全でしょうか。

車を操縦するためには、アクセルとブレーキが必要です。

ブレーキは、マイナスではなく、安全を守るための必要不可欠なものなのですね。

このように、人間が独断的に、その出来事を悪いと判断したり、感情的に、嫌だと思ったとしても、この世界の現象は、絶妙なバランスによって成り立っているのです。

人間がどう考える、どう思うのかは、ひとそれぞれですが、事実は、人間がどう思おうとも変わらないのです。

それらのバランスを無理やり人間が変えようとすると、片方のものが、バランスを保とうとして、元に戻されるのです。

それこそが、自然なのですね。

あなたの個性は、その個性を発揮すればいいのですが、その個性とは対になる個性が、もちろんこの世には、存在して、自分とは違う個性を認めあうことが、自然なのです。

ネガティブ思考は、正しいという今回の内容ですが、決してポジティブ思考が悪いというのではなく、それぞれが正しくて、正しくないのですね。

3、人見知りは、悪いことなのか

学生の頃などに、保育園や幼稚園に、研修としていったことはないでしょうか。

そのような研修にいくと、色々なこどもたちがいることに気づきます。

ある子は、すぐに遊んでもらえると思って、数人と一緒に、お兄さん、お姉さんに抱き着こうと近づいていきます。

ですが、ある子は、隅に隠れて、ジーっと不安そうにみているのです。

 

ポジティブ思考が良いことだと思い込んでいるひとは、その不安気な子をみて、可哀想だとか、間違っていると判断して、行動を取ろうとします。

ですが、人見知りをして、不安を抱くことは、悪いことでしょうか。

 

むしろ、問題は、何も考えず、何も不安も感じずに、突然やってきた知らないひとたちに、抱きついていく子のほうだとわたしは思います。

こどもからすれば、お兄さん、お姉さんは、巨人のように大きな体をしています。

自分が小さく、力もないことも理解せずに、そのまま近づくほうが、危険です。

 

不安を感じるということは、決して悪いことではありません。危険を察知しようとして、ブレーキをかける行為なだけなのですね。

ビジネスにしても、リターンだけを考えて、リスクを考えなえれば、意味がありません。

このように、人見知りは、人見知りという能力なのですね。

 

4、違うからこそ一緒にいられる

恋愛では、同じようなタイプの男女が、結ばれるケースもあれば、まったく違うタイプの男女が結ばれているケースもあります。

遺伝子的に、正常なものを残したいのなら、まったく違うタイプのひとを選ぶことが現代では望ましいです。

似たような遺伝子、親兄妹の遺伝子では、傷ついている遺伝子が同じなので、子に影響が出てしまいます。

逆に、民族さえも違う遺伝子だと傷ついる場所がまったく違うので、バランスの取れた遺伝が子に影響を与えるのです。

 

ハーフは、バランスの取れた顔だちが多いのは、そのためですね。

特に日本人は、黒人よりも白人との距離があるので、白人とのハーフは、整った顔立ちの子が生まれやすいです。

ですから、日本人同士であっても、違うタイプを選ぶということは、理にかなっていることなのですね。

 

そもそも、男と女は、まったく違います。

違うからこそ、付き合っていけるのです。

違う形の者同士が結ばれるから子が産まれるのです。

 

A:どちらも、ポジティブなカップルと B:片方がポジティブで片方がネガティブのカップルでは、どちらが優れているでしょうか。

Aのどちらも、ポジティブなカップルは、危険や不安を感じることなく、前へ進もうとしてしまいます。どちらも、ブレーキをかけないのです。

こんな怖いことはありませんね。

Bのカップルは、バランス派で、片方が前向きに歩むことが出来ながら、片方は注意深く、ブレーキを踏むことができるのです。

安全ですね。

 

このように、男女が違うように、ポジティブとネガティブは、違うのですが、一緒になると強力になるのです。

 

ポジティブとネガティブは、どちらも正しいし、どちらも正しくないのですね。

 

ですが、人間は、そもそも100%ポジティブな人間もいなければ、100%ネガティブなひともいません。

一度も怒ったことがない人もいなければ、一度も笑ったこともないひともいないのです。

 

心では、どちらも体験しているのが至って自然です。

 

ですから、カップルの両方が、ポジティブ系であったとしても、ひとはバランスを取れるものなので、どちらか片方が、バランスよく、ネガティブ思想に変わっていくようになるのですね。

 

同じ家族で、似た遺伝子の兄弟であっても、性格やタイプが違ってい来るのは、置かれた環境に適応できるのが、人間であり、生き物だからですね。

 

違うということは、正常な証拠なのです。

ですから理想は、55%ぐらいのポジティブで、45%ぐらいのネガティブである、ある程度楽観主義であるぐらいなのが、ベストですね。

ですが、人間は完璧な人間はいないので、それぞれの個性にあった別の個性を選んで、ふたりでひとりの支えあうことで、それをカバーするわけです。

もともと、違うタイプであるのなら、それに越したことはないということですね。

 

 

 

5、どう考え、どう思うのかよりも、事実を把握することです。

人間には、想像力というものがあります。

この想像力は、善い面でも使われますが、悪い面で利用しようとすると、どこまででも、闇に陥っていきます。

太宰治の人間失格という小説がありますが、これがまさにそれです。

現実は、闇は光には勝てません。

闇には限界があり、物事には限界があるのです。

ですが、人間の心には、再現がないように、思い込むことができるのです。

どこまでも闇に陥ろうとできるかのように、錯覚するのですね。

 

ですが、現実は、太陽にしても、宇宙にしても、必ず際限があるのです。

残念ながらどこまでも闇だというのは、人間の錯覚でしかありません。

人間の歴史をみると、とてもひどい歴史が存在したことに愕然とします。

ですが、現代をみれば、そのような残酷な出来事は、闇に隠れることしかできていません。

表で堂々と現れているものは、善いことです。または、善いことのようにみせているものです。

このように、善の力は、悪よりも、明らかに勝っているのです。

 

その事実は、人間がどのように考え、どのように思っても変わりません。

良くも悪くも、歴史の積み重ねによって現在があるのです。

 

そして、表に堂々と顔をみせていられる世界が、現代なのです。

もちろん、昔はそうではありませんでした。

一部の人間の独断的な思想が闇であっても支配していたので、これほどの自由と人権が確保されていませんでした。

ですが、悪が完璧にないわけではありませんが、これほどの自由が広がっている現実は、否定できないのです。

いままでの歴史がそうだったように、人間は過ちを繰り返しては、修正してよい世界にしてきました。

これからも、もっといい世界がじわじわとやってくることでしょう。

 

まだまだ、悪は無くなりませんが、それでもこれほど悪は隠れ、堂々としていられないのですから、未来は明るいのですね。

そして、悪がまだまだある現代では、ネガティブな思考を持つひとは、役立ちます。

問題を問題として、とらえることができる能力は、明るい未来では必要なのです。

 

問題ではないのに、問題にするのは、それ自体が問題ですが、問題を問題として捉える能力は、現代では必ず役立ちます。

会社にしても、ネガティブな思考を持っていることはリスクを押さえ、利益を守るのに大切なのですね。

 

このように、人間がどのように考えるのか、どう思うのかは、際限がなく、固定できるものではありません。ですが、現実は、ポジティブもネガティブも、必要不可欠なもので、お互いがバランスよく、関係を築くためにも大切なことなのですね。

完璧な人間がいない以上、ネガティブは、いつの時代も大切な能力の1つなのが、現実であり、事実なのですね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

*

CAPTCHA