恋愛の導き

真実の愛とは

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○愛だと思っていたのに裏切られた。
○愛と恋の違いが解らない。
○愛をしっかりと理解したい。
○大好きな人と別れてしまった。
○結婚をするから愛のことを知りたい。​

​など――

このような悩みや希望を抱いていないでしょうか。

そのような方たちのために、このサイトでは

解決できる提案恋愛のケースを小説調にして掲載しています。

まずは、何からはじめれば、これらの悩みや希望が解消され、手に入れることが出来るのか、それを導けるサイトにしていきたいと願っています。

 

真実の愛、本当の愛とは一体何でしょうか。

 

”愛”は人それぞれ違うのだから答えなんてないと思っていないでしょうか。

もし、皆さんがそのように思っているのなら危険信号が出ているので気をつけてください。

今回のサイトタイトルは、”真実の愛とは何なのか”ですから、真実の愛を追究していこうと思っています。

ですが、皆さんが望んでいる愛と真実の愛は、違うことのほうが多いことをはじめに伝えておきます。

事実を基にして、愛を説明するので、空想の愛のまま、空想の世界の中で埋もれていたいというかたは、読まれないほうがいいかもしれません。

ですが、この事実を受け入れて理解すれば、確信を持って、愛を実践できるようになります。

そして、多くのまやかしの愛を確信を持って否定することもできるようになります。

まやかしの愛を信じている人は、愛したい人を不幸にしてしまいますが、真実の愛を理解している人は、愛したい人を幸せへと導くことができるようになります。

右へ左へと揺れることのない確信が持てるようになります。

ですから、真実の愛や本当の愛が、結婚には必須だということが分かりますね。
真実の愛を知るには、いくつかのことも理解しなければ比較できません。

では、見ていきましょう。

1、恋とは何なのでしょうか

現代人は、マスメディアに流されているドラマや映画、音楽などを題材にして、それらを何度も何度もみては、それが真実の愛だと”信じて”います。

ですが、少し考えてください。

それらマスメディアの愛は、本当の愛を伝えていると思うでしょうか。

日本のマスメディアを支えているのは、スポンサーという企業です。
そのスポンサー企業からその番組や映画などにお金が流れているので、収益を得るために、多くの演出がされているのです。

分かりやすく言えば”エンターティナー”だということです。

みなさんが信じている映画やドラマや音楽の多くは、真実の愛ではなく、真実の愛のようにみせたエンタティナーであって、人気や視聴率などをあげるために、演出されて、作られているものなのです。

楽しんだり、感動させたりすることで、人気番組や人気映画を作ることで、収益を狙っているのです。

それらに本当の愛があると思うでしょうか。

それらマスメディアの利益のために作られた作品の多くは、愛ではなく、恋を愛だと錯覚させるような作りになっているのです。

愛という名の仮面を被った恋というまやかしで、人々を煽って収益を得ているのです。

ショックを受けるかもしれませんが、真実を言います。
胸がドキドキしたり、心の内から湧き出してくるものが、愛だと勘違いしている人がいますが、それらは、ただの錯覚です。

人は、ドキドキしたり、興奮すると、脳内麻薬が脳に分泌して、気持ちよくなれるのです。

そして、その気持ちいい快楽が、本当の愛だと思い込んでしまうのです。

そうすると何が起こるかというと、その気持ちいい脳内麻薬を求めて、激しい恋愛や興奮できる何かを捜し求めようとしはじめるのです。

恋愛依存症などになってくるのです。

一般の人たちは、麻薬常習犯などをみると、嫌悪感を抱きます。

どうして、快楽のために、犯罪をおかすのだろうと、批判しますが、実はわたしたちも、それら麻薬常習犯と一歩隣り合わせで、生きているのです。

この脳内麻薬を出させて、収益を得ているものは、現代では乱列しています。

例えば、ホラー映画やお化け屋敷やジェットコースターです。

人は、恐怖を感じるとドキドキしてしまいます。ドキドキすると脳内麻薬がでて頭が混乱してしまうのです。そのスリルと恐怖が、快楽を生み出して、気持ちよくなれるので、それらは、いまだに人気があるのですね。

収益を上げているものはサービスだけではなく、商品にも反映されています。それはお酒やおいしい食事やおいしいお菓子などです。

人は、お酒を飲むと血液にアルコールが入り込み、脳が混乱するようにできています。はたから見れば、フラフラ歩く酔っ払いですが、本人は気持ちいいのです。

食事にしても、食欲という欲望が促進され、脳内麻薬が分泌して、気持ちよくなれるのです。

特に、お米、小麦粉には、麻薬に似た効力があり、依存度が高いものなのです。おかずは少なくてもお米は必ずなければ満足できないという人がいますが、それはもう中毒なのですね。

ダイエットのためにお米を減らし始めると禁断症状さえ出てきます。

恋というものは、これら脳による錯覚と同じで、脳内麻薬によって気持ちよくなる欲望なのです。

ですから、欲望でドキドキする興奮できるものが、愛だと錯覚して、喜んだり悲しんだりしては、抑揚を得て、さらなる興奮を味わっているのです。

恋という旧文字は”  ”と書きました。糸言糸の下に心と書いて、コイです。

糸言糸という文字は、レンまたは、らんと読みます。乱です。

心が乱れると書いて、恋だとしているのですね。

このように、昔の人は賢くて、恋というものは、心が乱れているだけの錯覚なのだと分かって文字に残していたのです。

心理学で有名なのは、つり橋効果です。

揺れ動く吊橋の端に、男性を立たせ、女性に橋を渡らせるのですが、橋は揺れているので、ドキドキします。そのまま、ドキドキしたまま、男性をみて、たどり着くと、女性は、男性をみてドキドキしているのか、橋が怖くてドキドキしているのか、解らなくなって、男性を好きだと脳が錯覚してしまうのです。

体の状態が、心を作り出してもいる証拠なのです。

少し、真実の愛の形が、見えてきたでしょうか。

2、恋を愛だと錯覚している人は、犯罪心理と直結している。

脳内麻薬が大量に分泌する方法は、犯罪だと思っていることをすることなのです・・・・。

悲しい事実ですが・・・・

人は”これはしたらいけない””これはダメなことだ”と言われていることをすると、大量に脳内麻薬が出て気持ちよくなれてしまうのです。

わたしたちは、普段から良心という正義を持って生きています。

この正義というものは、わたしたちの欲望を制御させてくれる1つですが、わたしたちの欲望を縛り付けているものでもあるのです。

ですから、その縛り付けている正義というルールを破ることで、開放感を得て、気持ちよくなれてしまうのです。

軽い例から行きましょう。

女性に多いとされる買い物依存症というものがあります。
普段、真面目である人ほど、買いすぎはよくないと心を束縛しています。
そのルールを破って必要以上に、買い物をした時、自由感を得て、気持ちよくなるのですね。

やってはいけないとは分かっていても、行動にでてしまう依存症なのです。

少しレベルをあげていきます。

万引

万引をする人で、必要なものを万引している人は、万引依存症ではありません。
本当に依存症になっている万引常習犯は、不必要な消しゴムとか、えんぴつなどを盗むのです。

そんなもの盗んでどうするのか?と思うようなものを盗むのです。

 

彼らはその品物がほしいのではなく、盗んでルールを破ることで気持ちよくなれる脳内麻薬を求めて、万引を繰り返しているのです。

禁断の愛(ニセ愛)

ロミオとジュリエットは、純愛にあげられる代表的な物語のようにいわれていますが、実は純愛の真逆の作品なのです。

駆け落ちなどもそうですが、まわりから反対されれば、されるほど、人はいけないことをしているという開放感によって心が燃えているように錯覚し、反対を押し切って、一緒になろうとするのです。

 

それらは、攻撃されれば、されるほど興奮は増していきます

同性愛や女装なども同じで、まわりから変な目でみられれば、みられるほど、本人は気持ちよくなっているのです。

不倫をやめれない人の心理やメカニズムは、結婚して世界で一番大切にしなければいけない相手を裏切るという行為から開放感を得て、限りなく気持ちよくなる高揚感を楽しんでいるのです

不倫でなければ恋愛ができないというひとがたまにいますが、そういうひとは、欲望のかたまりなのです。

他人を傷つければ傷つけるほど、気持ちよくなれる体質になってしまっているのです。

そして、それらを愛だと宣言するのです。愛だからしょうがないでしょ。というのです。

「若い時は、よかった。楽しかった。」というひとも、少し注意が必要です。

どうして、若い時はよかったと漏らすかというと、若い時は、経験が浅いので、何をしても、ドキドキできるのです。

大人になった皆さんなら、思い返してみてください。中学や高校では、ほんのちょっとした出来事だけで、傷ついたり、ドキドキしていませんでしたか?

青春というものですね。

ですが、今同じようなことが起こっても、大したようには思えません。それは経験地が増えて、それらのことでは、ドキドキしなくなっているからなのです。

 

歳をとればとるほど、人は嫌でも経験が増えるので、昔のように恋愛でドキドキできなくなっていくのですが、それは欲望で満足しなくなっている証拠なのです。

それを成長として見ずに、悲しい事実だと錯覚しているひとが漏らす言葉が、「昔はよかった。楽しかった。」という言葉なのですね。

こういう人はなぜ注意かというと、ドキドキする脳内麻薬がその人の基準になっているかもしれないからです。

もし、その人の基準が、欲望である脳内麻薬であったら、その人は、それを得るために、お酒依存症に走ったり、ギャンブル依存症に走ったり、不倫や危険なことや犯罪的なことを望んでしようとしてしまうからです。

どんどんエスカレートしていきますね。

このように、恋は犯罪心理と直結していることを理解していれば、行き過ぎた脳内麻薬に依存しないように注意できるようになれるのですね。

3、人には、愛や正義は存在しない。

ショックな事実が続きますが、申し訳ありません・・・・ですが、これら事実を受けいれ理解できれば、あとは登るだけです。

上でも書いたように、恋とは、脳の錯覚であって、欲望というものなのに、人間はそれらを”愛”だと勘違いできてしまうのです。

ここが、人には愛や正義がない証拠なのです。

もし、人間に、本当の愛や正義があるのなら、どうして、それらの犯罪的な愛や恋や欲望が正しいと思い込めるのでしょうか。

例えば、愛するひとをムチで打って傷つけ、また、愛するひとからムチで打ち付けられて喜ぶニセ愛があります。人を傷つけることで、脳内麻薬を分泌して興奮するのです。

連続殺人犯は、人を傷つけます。ですが、彼らはその行為を愛だと心から信じているのです。犯罪者のほとんどは、自分たちは正しいと本気で考えているのです。

自分の感性で、綺麗で好きだという対象を傷つけることで、興奮して、愛を感じるのです。

虐待やDVという行為があります。
親が子へ、または愛する相手に暴力を振るっては、気持ちよくなろうとするのです。

彼らは、躾だといっては、こどもたちに手をあげるのですが、その行為がこどもに手をあげるといういけないことをすることで、気持ちよくなっていて、躾だという歪曲させた正義で、気持ちよさを得ているのです。

こどもに手をあげる、愛する人に手をあげるなどを何度も繰り返す人は、弱い者に手を出す開放感を楽しんでいるのです。

もし、人間に、愛や正義があるのなら、どうして、このような勘違いが起こるのでしょうか。

人間には、愛や正義がないから、それらの行為が、愛や正義だと錯覚できるのですね。

 

決定的に、人間には、愛や正義がないという証拠が、あるのですが、ここでは過激すぎるので、控えさせてもらいます。とにかく、人には、愛は正義はありません。

あると思い込んでいるから、自分の愛や正義にあわない相手をみると、否定し、認めれなくなり、離婚や争いに走るのです。

ですが、もともと、わたしたちには、愛や正義がないのだと理解するべきなのですね。

もし、みなさんの家族や友達にそのような歪曲した愛や正義の行為をしている人がいたら、かわいそうだと悲しんであげてください。間違った愛や正義を行い続ければ、破滅へと向かうだけだからです。

欲望を愛だと勘違いしている人は、結婚したらドキドキしなくなったから、相手が好きではなくなったのか?と錯覚したりしますが、人間は、いつまでも状態異常ドキドキし続けることなど不可能なのです。

その環境に慣れていくのが正常な人間の反応です。

結婚とは普段からの生活であって、正常な状態を維持することなので、むしろ普段から昔と変わらずドキドキしているほうが、異常なのですね。

4、真実の愛とは、何なのでしょうか。

やっと辿り着きました。

ここからが、本題です。

では、真実の愛や正義とは、一体何なのでしょうか。

結論から言います。

真実の愛や正義とは、人間の中にあるものではありません。

人間の外や思考に宿り存在しているものなのです。

聖書には、愛は、こう書かれています。

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。――こういうわけで、いつまでも残るものは、信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。

(コリント人への手紙I 13:4〜13)

人間の心にあるものは、愛ではなく、愛とは固定されているもので、

人間が、愛を作るのではなく、人間が愛に従うものなのだと教えているのです。

これは聖書だけではなく、仏教でも、イスラム教でも、神道でも同じです。

人は、愛や正義を自分勝手に誘導するのではなく、人が愛や正義に従うものだと教えるのです。

自分の心から出ているのが愛だと思っていたら危険なのです。

真実の愛は、変わることがありません。人間が変わっても、愛は変わらないのです。相手が歳をとっても、嫌な面を発見しても、嫌なにおいであっても、愛するのが、愛なのです。

人の感情に左右される愛は、ニセ愛です。

体調が悪くても、愛は変わらないのです。変わるのは、人間であって、愛や正義はいつの時代も変わらないのですね。

相棒というドラマがありますが、主人公は、頑なに正義を貫き通します。まわりは、組織正義という歪曲させた警察の正義を主人公にぶつけてきますが、それでも、主人公は、変わらない正義で、批判されても貫き通すのです。

時代によって変わる正義といつの時代も変わらない正義との葛藤を相棒は描いているのです。

昔は、わたしたち一般人は、奴隷でした。人権がありませんでした。王族・貴族からみれば、所有物であり、物だったのです。

それにも負けず、キリスト教徒が、聖書の変わらない正義を信じて進んだからこそ、現在”憲法”が存在し、民主主義を獲得できたのです。

​聖書がなければ、明治維新も起こらなかったでしょう。

人間や組織や環境にかかわらず、変わらない正義や愛が、世界を変えてきたのです。

5、欲は、悪いものなのでしょうか。

わたしは、欲望は否定しますが、欲はいいものもあると思っています。

適度な脳内麻薬は、良いものなのです。

恋も、適度であれば、よいものだと思っています。

愛や恋の良いバランスは、食べ物で表せられます。

食べ物で、大切なのは、その素材の栄養や新鮮さです。

それらが愛であったのなら、恋とは、味付けのようなものではないでしょうか。

栄養や新鮮さなども大切ですが、少し味付けをしてあげれば、さらにその食事は、楽しめて、味わえる良いものになるのですね。

ですが、欲望といわれるまで、味付けをしてはいけませんよ?という話です。

栄養を無視して、味だけの食事ばかりを食べれば、それは健康をむしばむからですね。

ですから、愛が8なら、恋は2ほどで楽しめばいいのではないでしょうか。

ジェットコースターやお酒なども、依存症になるほどは、いけませんが、少しゲームをするぐらいの楽しみであったら、特に問題はないと思っています。

わたしは映画や小説や音楽など芸術も好きですし、味わっています。ですが、味わいすぎることはしません。適度にバランスよく受け入れていきます。

ですが、欲が深まれば罪になるという言葉通り、欲はいいものでも、その欲が深まれば、悪いものになってしまい、犯罪的になる危険性があることを十分理解すれば、犯罪者になろうなどは、思わないのが、普通の人たちです。

本当の変わらない愛と楽しむ恋を混ぜ合わせた、バランスのいい恋愛であれば、なおさらいいのではないでしょうか。

皆さんは、もちろん、皆さんの相手が、どのような信仰を持っているのか、それをチェックすることは大切です。結婚してから、相手が犯罪的なニセ愛を愛だと信じきっていたと分かったら、取り返しがつきませんからね。

聖書では、離婚はゆるされていません。

その相手が亡くなるまで、再婚はゆるされていないのです。

それほど、愛や正義を大切にし続ける信仰があるのですね。

ちなみに、真実の愛は、ドキドキしないものだから、ありのままの自分をみせて、だらしないものまで、堂々とみせようと勘違いする人がいますが、これも違いますからね・・・。愛とは真理を喜び、悪を思わないことです。

 

ですから「親しきものにも礼儀あり」の精神で、一番愛するべき相手だからこそ、なるべくベストな自分を保ち続ける必要があるとわたしは思います。

大切なパートナーを自分のはけ口に使うのは、愛ではありませんからね。

自分の気持ちは、揺れ動き、体調も毎日変わりますが、真実の愛や正義は、いつまでも変わらんず、原則として残っていくことを今回の内容で、学べたのであれば、幸いです。

 

​みなさんも、腑に落ちない違和感のいくつかが、理解できるようになったのではないでしょうか。​

まとめ  愛を知るために知っておきたいこと

①恋とは脳の錯覚であり、依存症の入り口。
②恋を愛だと錯覚しているひとは、犯罪心理と直結している。
③真実の愛は、いつの時代も変わらず存在してきた原理原則。
④相手が、ニセ愛信仰者なのか、真実の愛信仰者なのかを見極めよう。
⑤愛8:恋2のバランスのいい恋愛がベスト。

最後に、人には、愛や正義がないので、体調や感情で、原則である愛や正義からはみ出してしまいますが、それでも、愛や正義は、いつまでも変わらず、わたしたちを見守ってくれています。

それでも、地球はまわっている。ですね。

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サイトの移転元は

https://thoughtsreach.wixsite.com/just-like-angel

こちらです。

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